日本の生命保険は、第二次世界大戦敗戦後にその歴史がはじまりました。アメリカ在留総司令官(GHQ)のマッカーサーは、その「復興」を目的に「生命保険」の普及を目指したのです。
目的の1つは、戦争未亡人の母親が子供を養うために収入を得る場として「保険外交員」という制度が発足したともいわれております。国としても、復興資金を生み出すために生命保険の保険料・掛金を国債に充てることで莫大な復興資金の一部を調達することができたのです。
当時は食うや食われずの時代でしたが、毎月の保険料を支払うことで10年後にかけた保険料総額よりも多くの金額が受け取れる「養老保険」は時代に合致していたともいえます。貯蓄替わりになり、いざというときに死亡保証金が支払がわれるという安心感が広く一般人に取り入れられたのです。
しかしこれには落とし穴がありました。インフレです。インフレによる物価上昇により国債の償還期(返済期)がきても、額面金額は実質上下がっていたために、国家財政上はかなりのプラスになっていたのです。これにより損をしたのは、苦しいながらも保険料を支払い続けた国民であることはいうまでもありません。